阿蘇市 長善坊の公孫樹(2020年)

2020年11月17日   阿蘇市 長善坊の公孫樹(2020年)
 明行寺の公孫樹、西巌殿寺の公孫樹とともに阿蘇三大公孫樹の1つで、樹齢は400年以上ですが、高く伸び全体が黄葉した姿をなかなか見られないイチョウです。見る方角によって綺麗に黄葉しているようにも見えますが、一部が綺麗に黄葉しているだけで、まだ緑が多く見られる状況でした。
長善坊の公孫樹
 樹齢約400年、幹廻り7m、根回り13mで主幹は地上約12mから二つに分かれており、樹高が高いため春の新緑や秋の紅葉を遠くから望むことができます。
 この公孫樹は加藤清正が朝鮮出兵の時の長善坊契雅僧正の功をたたえ、坊中に西巌殿寺を復興した時に植えたといわれています。一説には、後年、母親の病気回復祈願のため阿蘇を訪れた際、清正公が乗っていた馬をつないだのがこの公孫樹であるといわれていて、別名「駒つなぎの公孫樹」ともいいます。
長善坊のお話
 朝鮮出兵の際、敵に囲まれ絶体絶命の危機にあった加藤清正公は「よもやこれで最後か」と思った瞬間、背後から飛んできた矢によって退路を開かれ逃げることができた。その時拾った矢を陣に戻り見てみると「阿蘇山長善坊」と書いてあった。その後、肥後に入った清正公は本当に長善坊があるかを確かめるため阿蘇に出向き長善坊を見つけた清正公は長善坊の僧侶と会う。
 そこで長善坊が護摩を焚いているときに、朝鮮で清正公が危機に陥っていることを神仏に知らされたこと、護摩炉に紙吹雪を吹き入れそれを矢として朝鮮に飛ばしたことを聞く。清正公はその霊威に驚き、豊臣秀吉に阿蘇山の三十六坊の復興を願い出、これを許されたとの言い伝えがあります。』

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