益城町 赤井区のチューリップ-2(2019年)

2019年 4月 1日   益城町 赤井区のチューリップ-2(2019年)
 地区の中央から、東側に少し上った場所(昨年まではヒマワリの見られた)にもまとまったチューリップが見られ、こちらも見頃に良く咲いていました。

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akai219040210.JPG少し離れた畑のチューリップ
akai219040201.JPG赤井城跡方面
akai219040202.JPG赤井水源
akai19040226.JPG赤井観音堂
akai19040227.JPG『赤井の観音堂
 鎌倉時代の終わり頃には、天台宗系の福田寺の里寺として、赤井の台地に観音寺院がありました。日枝神社の境内に残る、年代が刻まれた五輪塔の地輪に、嘉暦四(1329)年と、建武三(1336)年の年号が刻んであることから、里寺としての寺院があったことがわかります。
 中世時代、朝来山の中腹に約三五〇年の間、僧たちが修行する福田寺がありました。そこで修行した僧たちは赤井の観音寺院でも仏の教えを説き、人々の祈願に応えていたと思われます。
 その後、室町時代の天文十六(1547)年に、木山氏が出城として、赤井台地に城を築くことになって、赤井の居住地(現在の赤井バス停付近)に、赤井の観音寺院は移されました。江戸時代から後は、住職のいない観音堂となり、また、昭和の道路拡張で現在の湧水が出る場所の公有地に移されたという歴史があります。この観音堂に祀られている仏像は、三尊形式の千手観音菩薩と不動明王・毘沙門天です。この観音菩薩は、千本の手と目を持ち、人々のあらゆる苦難を救うための変化観音菩薩です。脇にいる不動明王はすぺての悪を振り払い、仏の道に従わぬ者を強い力で従わせようとしている姿です。毘沙門天は仏法を守る神です。堂の外には四方仏・宝篋印塔・五輪塔などの石造物の一部があり、先祖が奉納されたものです。九月十五日には、地域の親睦と五穀豊穣を祈る「観音さん祭り」が行われています。』
場 所
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