和水町 謎の隠遁遺構・トンカラリン

2012年11月14日   和水町 謎の隠遁遺構・トンカラリン
 何に使われた遺構なのでしょうか?いまだに謎が解明されないままのようですが、人間が作った石段あり、自然にできたのかな思われるようなトンネル状のものが狭いもの、高いものととあり、斜面に蛇行してありました。公園のように通路も整備されており、所々に口をあけるトンカラリンのトンネル等を見ながら上まで上がって行けました。
 いつも近くまで行くと一度見てみたいものと思っていました。しかし、自然の中にある遺構で整備されておらず、あちらこちら探し回るのも大変かなと思って、ついつい通り過ぎてしまっていたのが嘘のようです。
 何も用意して行かなかっし、暗い所、狭い所が怖いということで、入り口付近だけ見てみました。トンネル内に入るためには、汚れても良い服装、長靴、ライト、ヘルメット等があると良いかと思いました。
謎の隠遁遺構 トンカラリン
 菊水町・瀬川の鴬原神社近くから始まるこの遺構は、全長四四五.六mでトンネル状の地隙や、地下道のような石組み暗渠等び組み合わさった実に不忠議な構造物である。
 昭和五十年代に、作家の故松本清張氏び現地を調査して、邪馬台国が記された「魏志倭人伝」(三世紀に書かれた中国の歴史書)の一節から、「シャーマニズムに関係した鬼道ではないか」と推論したことで、全国的にその名が知られた。しかし、その後の「排水路説」により、ブームは沈静化へ向かった。
 再び、トンカラリン論争び甦ったのは、県北部を襲った平成五年六月の集中豪雨以降である。この時、県北の排水路び甚大な被害を受けたが、トンカラリンには一切の損害が無く、それは大した水が流れなかった事を意味していた。そこで、農業土木の見地から、今一度、詳細な再調査が行われる事になった。結果として排水路説には、余りにも矛盾び多いことが判明したのである。
 (1)上部の台地面積が狭いので、流れ出す雨水量は少なく、谷部に、大規模な排水路を造る必要がない。雨水を
   取り込みやすいオープンカットの素掘り溝で十分である。
 (2)今日、トンカラリンを築いた場合、工事費の積算額は、二億円近くにもなる。これに見合うだけの経済効果を見
   い出せない。
 (3)排水路は、できるだけ直線的な造りが望ましい。しかし、トンカラリンは、実に数多くの湾曲箇所を伴って蛇行
   を繰り返している。
 (4)石組の構築物に災害箇所(地隙)が取り込まれており不自然である。排水路施設は、この様な造りをしない。
 (5)地隙内に積まれた切り石やヽ石組み暗渠下部の変化点における角部の整形など、排水路に不自然な飾り箇
   所がある。面取りされた切り石は常に闇の中にあり、角部には削られて丸みを帯びていいる。この様に、トンカ
   ラリンは再び、我々に問題を投げかけるのです。皆さんも、是非、この謎解きに挑戦して下さい。』

肥後古代の森の駐車場に駐車し、道路を渡り案内に従って行くと、「案内看板」があり、そこから上に上がって行くと、民家と通路の下の排水路のようなものが見られました。これも遺構のひとつでしょうか?
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①第一の遺構
 その角を曲がった左側に、7段の石段のある遺構がありました。下に降りて7段の石段を上ってみましたが、暗く狭くなっており、奥は広くなっているそうですが、そこまでは這って行かなければならないようです。
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公園のように遊歩道が整備されており、草ぼうぼうの中を捜し歩くのかな?と想像していたのとは全然違いました。
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②第二の遺構
 人の背丈ほどの自然のトンネルという感じですが、天井は石板でふさがれていました。奥に石が宙に浮いたように見えましたが、これは出っ張っている石のようです。もう少し奥まで行ってみようと思ったら、いきなりの水たまりで断念しました。(本当は暗さが怖かった。)
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上の出口側
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③第三の遺構
 第二の遺構から続く溝の中を右に大きく蛇行して行くと、第三の遺構が口をあけていました。ここは人間の背丈の3倍の高さはありそうな高い自然のトンネルという感じでした。暗くて見えないですが、ここも天井は石板で覆われているようです。
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                                      左の写真の上部を撮影しているのですが
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④第四の遺構
 一番上部の出口になります。階段を下った所に四角の石組の狭いトンネルがあり、少し奥から右に曲がって下っているようです。
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⑤菅原神社
 尚も上ると、開けた感じになり、車の通れる道もあり、正面に菅原神社が見えました。菅原神社の拝殿、社殿には彫刻が施されており見事でした。1本のモミジが綺麗に紅葉していました。
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 そこから来た道を案内看板まで下りました。そこから右に迂回しながら下に下ると、「湧水」がありました。
⑥湧  水
 石垣の下から水が湧き、道路を挟んだ池に注がれていました。なにかこの石垣も遺構のように見えてしまいます
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⑧タンタン落とし
 本当はここに「タンタン落とし」の遺構があるようですが、道路下に入るのを見過ごして通り過ぎてしまった様です。
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⑨石舞台
 ミニチュアのローマの劇場のような?観客席があり舞台がありという感じでした。
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⑪長刀(ちょうりき)横穴群
 石舞台と向かい合うように、崖に造られた横穴古墳群があります。場所が違ったのか?崖は藪だらけでどこにあるのか分かりませんでした。右の写真も横穴の一つなのかな?
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熊本県指定史跡 長刀横穴一号       昭和50年7月31日指定
 清原台と鴬原台地の間には北に開く谷があり、10基の横穴が残っている。谷の東側の2基を長刀横穴群とよび、西側の8基を北原横穴群と呼んで区別するが、本来は一連のものであろう。
 長刀横穴一号の内部は、幅2.1m、奥行2.4m、高さ1.4mあり、やや長方形をなす床面には、コの字形に3っの屍床を設けている。天井は妻入りの屋根形に造られている。羨門部は台形状をなし、その外部に二段の飾縁が設けられ、外側の飾縁面には、連続三角文が線刻されている。また、外側の飾縁彫り込み面を横から見ると、直径20㎝程度の円文の線刻が認められ、赤色顔料が部分的に残っている。2号は崩壊が激しく、奥壁が残るのみである。なお、北原横穴群3号の内壁にも線刻が見られるが、羨門側が欠損しているため、図柄は不明である。』
⑫ホタル公園
 長刀横穴群のある一帯は公園として整備されており、こちらから逆に上って行くと順番に「トンカラリン」を見て行けます。
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公園を抜けて左側に行くと「菊水ロマン館」前に出ることができました。

場 所
肥後古代の森の駐車場に駐車し、道路を渡り案内に従って行くと「現在地」に案内看板が有りました。「道の駅菊水」に駐車して歩いても良いです。地図位置は右案内図の「現在地」の位置です。
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