南阿蘇村 九州東海大学阿蘇校舎の肥後菊

2007年11月21日   南阿蘇村 九州東海大学阿蘇校舎の肥後菊
 「くまにち.コム」に紹介されていたので、早速行ってきました。学生の精神修養にと薦められ、学生の手で育てられて15年間、肥後菊の鑑賞方法にのっとって古式ゆかしく栽培されているようです。


細川藩伝統の作法で肥後菊花壇
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現地説明  肥後菊花壇の歴史 
 肥後菊花壇作りは、宝暦年間(1751~64)肥後の名藩主と言われた、細川重賢が藩政施行に当たり文化政策の一つとして始めたと伝えられている。その後文政二年(1819)、肥後菊中興の祖とされている、肥後藩士別当職秀島七右衛門(号英露)が栽培法と実際を「養菊指南車」と名付けて著述してから、肥後菊は独特の養菊法として天下に知られるようになった。従って現在愛好家によって作られている肥後菊花壇は、秀島流に倣ったもので、菊の品種等は後年改良或いは新種の作出が行われているが、花壇作りの作法は、240年前と少しも変わることなく維持され、独特な権威を誇っている。
 花壇の組織は、宇宙大自然渾和の原理に則り、陰、陽二体の姿勢を作り、紅、白、黄の色彩を並べ、天、地、人の三位一体および平弁、管弁、芯の添花の右高、左高の別に配置し、また仁、義、礼、智、信いわゆる五常の精神を花配りによって表現するものである。
 肥後菊は、ただ花を花を咲かせて鑑賞するだけでなく、春夏秋冬一年を通じて、その折々の育成過程と、花壇組織に人間の五常をとらえ、趣味の園芸を兼ねて日常の修養の道とするところに大きな意義と特徴がある。
                         愛寿会々長   林 裸城  述

脇に栽培されていた肥後菊
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校舎までの並木道
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落ち葉も進み、バキュームで清掃されていました。
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場 所

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