江戸城 皇居-1

2020年12月 9日   江戸城 皇居-1
 一度は歩いてみたいと思っていた江戸城、東京駅を出ると銀杏がまだ綺麗に黄葉しているのが見られ、内堀通りを南に向かい凱旋濠から西の桜田門まで行き、そこから二重橋と反時計回りで一周して見ました。
 大嘗宮一般参観及び令和元年秋季皇居乾通り一般公開は12月8日(日)に終了してしまい、東京駅から長蛇の列が続いたという喧噪もなく、普段通りに戻った感じの江戸城 皇居の周りを一周してみました。いつか二の丸庭園も訪れてみたいです。
行幸通りの銀杏の黄葉 東京駅から皇居への道路沿いに銀杏がまだ綺麗に黄葉していました。
tokyou19120903.JPG
tokyou19120901.JPG
tokyou19120905.JPG内堀通りを南に向かうと、おなじみの二重橋が見えてきました。
二重橋と伏見櫓
 現在は、「正門石橋」と「 正門鉄橋」が二重に見えることから二重橋の名前と考えられていることが多いようですが、古くは江戸城の橋の構造が二重になっていたことからのようです。
 正式には正門石橋と言われるようで、明治20年完成で、定かではありませんが、熊本の石工・橋本勘五郎も建設に関わったと言われ、熊本にも縁のある橋に思われます。
tokyou19120920.JPG
伏見櫓
『3代将軍・徳川家光が京都の伏見城の櫓を移築したという説もあり、寛永5年(1628)西丸の築城にあたって京都伏見城の櫓を移築したものと伝えられるが定かではない。月見櫓とも呼ばれているようです。』tokyou19120919.JPG
tokyou19120921.JPG正門
tokyou19120922.JPGここが本来の二重橋のあった場所で、高さがあり、そこに橋を架けるため、橋桁が上下二重になっていたことから二重橋と呼ばれたようです。
tokyou19120923.JPG
tokyou19120918.JPG石垣の上には紅葉も見られました。
tokyou19120917.JPG
桜田門
旧江戸城外桜田門
 現在この門は桜田門と呼ばれますが、正式には外桜田門といい、本丸に近い内桜田門(桔梗門)に対してこの名が付けられました。古くこの辺りを桜田郷と呼んでいたことに由来します。
 外側の高麗門と内側の渡櫓門の二重構造からなり、外枡形という防御性の高い城門で、西の丸防備のため異例の大きさで造られました(320坪)。建築されたのは寛永年間(1624~44)とされ、現存する門は、寛文三年(1663)に再建された門がもとになっています。大正十二年(1923)の関東大震災で破損し、復元されました。
 万延元年(1860)三月三日、この門外で大老井伊直弼が水戸藩脱藩士に暗殺されました(桜田門外の変)。』tokyou19120916.JPG
tokyou19120915.JPG
tokyou19120913.JPG
tokyou19120914.JPG
tokyou19120912.JPG桜田濠
tokyou19120911.JPG国会議事堂も見えます。
tokyou19120976.JPG凱旋濠
tokyou19120910.JPG法務省旧本館
tokyou19120907.JPG
tokyou19120906.JPG
 ここから反時計回りで、濠沿いに一周します。二重橋を通り過ぎ、坂下門へと向かいました。

場 所
 次のトラックバックには、より最新の記事、ならびに関連する記事がリンクされている可能性があります。 トラックバックがある場合は、表題部分をクリックしそちらもご覧願います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント