八代市 松井神社の臥龍梅(2019年)

2019年 3月 1日   八代市 松井神社の臥龍梅(2019年)

 満開は過ぎていましたが、まだ白い大きな花を咲かせた姿を見ることができました。地面に伏せていた幹は枯れたものは取り除かれ、見た目には樹勢も回復してきているように見えました。いつまでも元気で花を咲かせ続けて欲しいです。
臥龍梅と臥龍梅碑
 この辺りはもともと八代城の北の丸だったところで、寛永17年(1640)7月、細川三斎(忠興、1563~1646)が数寄屋(お茶室)を築き、庭園整備を進めました。
 臥龍梅は、三斎が自ら植えたと伝えられ、老いてなお気品あふれる花を咲かせ続けるその姿は、晩年をここで過ごした三斎の姿をほうふっとさせます。
 傍らにある臥龍梅碑は、明治17年3月、松井家12代当主松井敏之が建てたもので、碑文は鏡町の教育者名和童山によります。
 百花に先駆けて咲く梅花になぞらえ、戦国乱世における三斎の活躍は人中の魁であったこと、三斎の後、八代城に入った松井興長、その父康之の武勇も魁であったことが称えられ、その遺徳を伝えたいとの建立趣旨とともに、先人に恥じない立派な人物であるようにとの後世の人々への戒めが記されています。
 何物驪龍、化作老梅、頷珠粲爛、花光爭開、嗟此厥初、
 先公所栽、人中之傑、花中之魁、相傅相承、世闘芳來。
 (何物か驪龍、化して老梅となる。珠をふくみ粲爛、花光争いて開<。
 ああこれ、そのはじめ、先公の栽ゆるところ。人中の傑、花中の魁、あい伝えあい承け、世々芳来をたたかわす。)』

matui19030102.JPG

matui19030101.JPG

matui19030103.JPG

matui19030104.JPG

matui19030105.JPG

matui19030106.JPG

matui19030107.JPG

matui19030109.JPG

matui19030111.JPG

matui19030116.JPG社務所近くの梅と椿   梅はほとんど咲き終わっていました。

matui19030114.JPG

matui19030118.JPG


場 所
 次のトラックバックには、より最新の記事、ならびに関連する記事がリンクされている可能性があります。 トラックバックがある場合は、表題部分をクリックしそちらもご覧願います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント