菊池市 隈部忠直公の墓

2018年11月16日   菊池市 隈部忠直公の墓
 15世紀に菊池氏の重臣として文武両道に活躍された隈部忠直公のお墓です。そんなには大きくありませんが、五輪塔が安置されていました。
 薬師温泉に行く途中の道路沿いに案内があり、以前も訪れたことはあるのですが、山鹿市菊鹿町の山麓に「隈部館跡」があり、興味もあったので寄ってみました。
 行く道は細い道で、以前は舗装されていませんでしたが舗装がされ、御堂近くに駐車もできます。
隈部忠直公の墓
 隈部忠直公は、菊池氏十九代持朝・二十代為邦・二十一代重朝公の三代に仕えた菊池家の重臣で、文武両道に勝れた人でした。
 忠直公の先祖宇野親治は、保元の乱(1156)で捕われ菊池氏が預かりましたが、七代目持直の代、菊池十代武房公から隈部の姓を賜わり、以来、菊池・赤星・城の各氏と姻戚関係を結び、忠直公は七代目になります。
 重朝公が孔子堂を建てるときは忠直公に相談し、文明四年(1472)に完成しましたが、同八年京都南禅寺の名僧桂庵禅師が隈府に来訪したとき、門弟となってさらに勉学に磨きをかけました。藤崎八幡宮に奉納された千句連歌のなかにも忠直公の句があります。
 忠直公は孝心が厚く、西迫間字日向に、若くして亡くなった母を弔うため自ら馬頭観音像を刻み、これを本尊とした光九庵を建てました。明応三年(1494)六十九歳没。』

左側から
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ガラス張りになっているのですが、ガラスが光ってしまい五輪塔がうまく撮れませんでした。      右側から
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裏側から
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                                       こんな遺構もありましたが?
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場 所

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