香川県丸亀市 丸亀城天守閣

2018年10月14日   香川県丸亀市 丸亀城天守閣
 現存12天守閣の1つで、1660年(万治3年)に京極高和により天守閣が完成しているようです。(下の説明では、山崎氏により丸亀城の再築が始まっている?山崎氏が天草の富岡城から行っていますので、ここでも熊本に縁があるのですね)2014年に訪れた時にたくさんの写真を紹介しているので、今回は、その時に見れなかった天守閣を中心に紹介させていただきます。
『丸亀城天守 (附指定)板札 国指定重要文化財 昭和18年6月9日指定
 江戸時代前期、山崎氏により建築されたと考えられる天守で、全国に12しか残っていない貴重な現存木造天守です。高さ15m、3層3階、入母屋造の本瓦葺で、壁面及び軒裏は漆喰で総塗籠になっています。1層目は東西6間、南北5間の広さで、高さ約2mまで腰板張りとし、北面に石落としを設け、二の丸搦め手に備えています。2層目は東西4間半、南北3間半、南北に唐破風をつけ、3層目は東西3間、南北2間、東西に千鳥破風、北面には素木の格子窓を設けています。
 天守内部は、各階に柱を建て、特に隅柱は左右に添え柱を建て、柱頭に燧梁をかける堅固な構造としています。木材は栂を主に使用し、檜と松も使用しています。壁面は長押の高さまで漆喰を厚く塗り防御を固めるとともに、足元には非常の際に打ち抜いて使用する大砲狭間を設けています。通し柱を使わず各階に柱を建て、上階を急激に狭め逓減率を大きくしていることと、本来なら間口の広い東西方向に棟を設けるべきところを南北方向に三角形の入母屋屋根を見せることにより、北側の城下から見上げたときに天守が大きく見える工夫がなされています。
 また、昭和23年から25年にかけて行われた解体修理の際に、最上階の南東隅の壁面内部から長さ75.8cm、幅13.9cm、厚さ6mmの檜材の板札(祈祷札)が発見され、この墨書により天守が万治3年(1660)に完成したと考えられています。』
下からの天守閣   丸亀城の素晴らしさは、何と言ってもこの高い石垣にあります。
画像 画像
天守閣内部
一層目                                   やはり階段は狭くて急です。
画像画像
画像
二層目                                   大砲狭間 打ち砕いて使う隠し狭間で下側にある
画像 画像
三層目                                  板札   萬治三天(万治3年)三月吉祥日の記載 
画像 画像
三階からの展望
画像 画像
天守閣
画像 画像

画像 裏側の高い石垣が大きく崩れているのが痛々しかったです。
熊本城が熊本地震で大きな被害を受けているだけに、早い復旧を願っています。

 さて、これからが本来の目的、ロアッソ熊本の応援です。
敗戦となってしまいましたが、帰りのバスの中での讃岐のファンの方が暖かかった!
夜行バスまでに時間があったので、丸亀ぽかぽか温泉に行きましたが、小さなコミュニティバスが大助かりでした。


場 所
 次のトラックバックには、より最新の記事、ならびに関連する記事がリンクされている可能性があります。 トラックバックがある場合は、表題部分をクリックしそちらもご覧願います。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック