熊本市植木町 「滴水の銀杏」の黄葉(2017年-2)
2017年12月 1日 熊本市植木町 「滴水の銀杏」の黄葉(2017年-2)
前回訪れてから2日間ですが、だいぶ黄葉が進み見頃になってきていました。銀杏の根元には五輪塔や板碑が根に取り込まれるかのようになっており、板碑には正装した男性と女性の像などが刻まれています。
『滴水(たるみず)のイチョウ 熊本県指定天然記念物 昭和53年6月9日指定
このイチョウは雄株で、幹囲14メートル、樹高は42メートルある。ここは竜雲庵というお寺があった場所といわれ、この木はその寺の境内に平家落人の墓標として植えられたものと伝えられている。現在も阿弥陀堂がある。樹下には天文2年(1533年)の銘をもつ戦国武将小佐井揚部頭(かもんのかみ)の板碑をはじめ板碑、五輪塔がある。
また昔、門三郎という若者がこの木を切り薪にしようと考えたところ、夢枕に美女が立ち、切らないで欲しいと頼んだ。この美女はこの木に住む白蛇の化身であったという伝説が残されている。』



『滴水東屋敷の板碑
県指定天然記念物「滴水のイチョウ」の下にあり、安山岩の板状自然石で高さ1.7メートル、幅87センチの板碑。中央上部に法華、讀誦、一千部、その下に浅線刻の坐像の仏像(上品上生の阿弥陀坐像であろうか)がある。その右に逆修善根。左に以奉建立阿弥陀堂龍雲庵願主藤原永家公当住持比丘□□ 享禄三年庚寅八月吉日と陰刻し、仏像の下に三径蓮をさした一対の花瓶と、その右に長方形の二重枠内に男子像。左の二重枠内に女子像があり、その下に天文二白癸巳十一月鬼宿小佐井掃部助藤原永家敬白、と陰刻がある。なお享禄三年は1530年、天文二年は1533年にあたり、いずれも室町時代である。」
こんな大きな樹乳(気根)もあります。




場 所
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『滴水(たるみず)のイチョウ 熊本県指定天然記念物 昭和53年6月9日指定
このイチョウは雄株で、幹囲14メートル、樹高は42メートルある。ここは竜雲庵というお寺があった場所といわれ、この木はその寺の境内に平家落人の墓標として植えられたものと伝えられている。現在も阿弥陀堂がある。樹下には天文2年(1533年)の銘をもつ戦国武将小佐井揚部頭(かもんのかみ)の板碑をはじめ板碑、五輪塔がある。
また昔、門三郎という若者がこの木を切り薪にしようと考えたところ、夢枕に美女が立ち、切らないで欲しいと頼んだ。この美女はこの木に住む白蛇の化身であったという伝説が残されている。』
『滴水東屋敷の板碑
県指定天然記念物「滴水のイチョウ」の下にあり、安山岩の板状自然石で高さ1.7メートル、幅87センチの板碑。中央上部に法華、讀誦、一千部、その下に浅線刻の坐像の仏像(上品上生の阿弥陀坐像であろうか)がある。その右に逆修善根。左に以奉建立阿弥陀堂龍雲庵願主藤原永家公当住持比丘□□ 享禄三年庚寅八月吉日と陰刻し、仏像の下に三径蓮をさした一対の花瓶と、その右に長方形の二重枠内に男子像。左の二重枠内に女子像があり、その下に天文二白癸巳十一月鬼宿小佐井掃部助藤原永家敬白、と陰刻がある。なお享禄三年は1530年、天文二年は1533年にあたり、いずれも室町時代である。」
こんな大きな樹乳(気根)もあります。
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