和水町 肥後古代の森(菊水地区)

2011年 7月15日   和水町 肥後古代の森(菊水地区)
 肥後古代の森は鹿央地区、菊水地区、山鹿地区に分かれているようですが、江田船山古墳のある菊水地区を訪れてみました。ここには銀象嵌の銘文のある大刀が発掘されたことで有名な江田船山古墳の他に虚空蔵塚古墳、京塚古墳、それに石人の丘等があります。
江田船山古墳
 全長62m、高さ7.5mあった前方後円墳です。後円部分には、内部に入って石棺を見ることのできるよう整備されています。被葬者は5世紀後半から6世紀前半にかけて3人が葬られていたようです。
古墳の内部(横口式家形石棺)
 この石棺は、明治6年(1878)池田佐十氏を中心とする地元の人々によって発見されたものである。このように家形石棺の妻部に入り口を設けた石棺を、横口式家形石棺と呼び、佐賀、福岡、熊本県境一帯に多く見られる特殊な石棺である。横穴式石室を強く意識し、追加合葬を予定して造られたものであろう。石棺内部の奥行きは2.2m、同横幅1.1m、天井までの高さは1.45mで、内部全面に朱が塗られている。石材は、仮構の容易な阿蘇熔結凝灰石を用いている。この種の石棺は古代時代中期の前方後円墳等の内部主体として造られ、大型で豪華なものが多い。県下では石ノ室古墳(城南町塚原所在)の横口式家形石棺が良く知られている。』
石棺に納められた遺物(副葬品)
 この石棺から出土した遺物は、総数92点にのぼる。現存する代表的な遺物には、道鏡6面、勾玉7個、管玉14個、瑠璃玉90余個、衝角付兜1個、短甲3領、大刀14口、剣7口、刀装金具一括、槍身4口、鉄鏃一括、金銅製冠帽3個分、帯金具一括、金銅製沓1足、轡2組、鐙2組、金製垂飾付耳飾り2対、金環1対、須恵器坏(蓋付)1組、同提瓶1個等がある。
 船山古墳の名を高らしめたのは、75文字にのぼる銀象嵌の銘文と、菊花文および天馬を施した、長さ85㎝の大刀一口の存在である。銘文は、日本最古の金石文として、また天馬(ペガサス)は、ギリシャ文化の影響と伝播の説明のため、高校の日本史の教科書等にも度々引用されてきた。これら多くの副葬品は、大部分が大陸とのつながりをしめす遺宝であり、被葬者達の実力のほどを窺い知ることができる。』

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石人の丘
 県指定重要文化財・清原石人(せいばるせきじん)等が発見された場所で、県内の古墳等で発見された石人等のレプリカが並べられています。
『日本の古代を代表するものは装飾古墳と石人であり、これらの分布の中心の一つが菊池川流域である。(中略)石人は5世紀の後半~6世紀の前半ごろ、阿蘇疑灰岩を使用して人物・馬・武具・祭器などを彫刻し、墳丘に立てたもので、これを一般に「石人石馬」と呼んでいる。筑後国の豪族磐井の文化圏に分布する特殊な石製品であり、清原台地からも三点見つかっている。』
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場 所
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