玉東町 有栖川宮御督戦跡の桜

2008年 4月 8日   玉東町 有栖川宮御督戦跡の桜
 『明治10年(1877)西南戦争の際、硝煙弾雨のなかに全軍を統率された征討総督有栖川宮熾仁親王が、木葉城跡のこの台地にしばしばお出になり御督戦に努められたところといわれる。この台地は田原坂、二俣、横平山の激戦の様子が望まれ、遠くは三の岳、吉次、半高山までも望見できて督戦の地として絶好の所である。またこの台地一帯は南北朝の時代、木葉の地頭職宇都宮一族の居城で宇都宮城とも呼ばれる。太平記では、天正14年(1359)筑後川の戦いで宇都宮三河守隆房が戦死したと伝えている。』と現地説明にありました。
 現在は、公園になっており周囲に桜が咲いていました。ここを起点に西南戦争の激戦地を回ってみたいと思います。

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