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zoom RSS 菊陽町 鉄砲小路の椿に木斛(2017年-2)

<<   作成日時 : 2017/04/13 07:15   >>

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2017年 3月18日   菊陽町 鉄砲小路の椿に木斛(2017年-2)
 鉄砲小路に菊陽町の天然記念物に指定されている共に樹齢350年と言われる「林家の椿」と「鳥栖家の木斛(もっこく)」を見に訪れてみました。
 「林家の椿」はちょうど奥さんがおられたのでお聞きすると、虫か病気で幹に穴が開いてしまい.、幹の途中から切ってしまわれたとのことでしたが見せて頂きました。このお宅には他にも大きな椿が数本あり、花をいっぱい咲かせていました。
 「鳥栖家の木斛(もっこく)」は、隣家の通りに面した所に高くそびえているのですぐ分かります。
 前回は、鉄砲小路の西端を見たのですが、今度は左端でした。

林家の椿
 残念なことに身長の高さぐらいで切られてしまっていました。しかし。そこから緑の小さな芽が伸びていたので生きているようです。またこんもりとした椿になってくれることを願っています。
 以前の現地説明があったので載せておきます。以前の姿を見てみたかったです。
鉄砲小路 林家の椿
 鉄砲小路は、熊本藩主細川忠利公が、寛永12年(1635)頃に、いわゆる地筒の者(地鉄砲)を召し集め、鉄砲組を配置し軍用防備に備えさせたのが始まりである。
 現在の鉄砲小路は、道路沿いに生け垣が続き、家屋敷は昔の面影をわずかに残しているにすぎないが、歴史的な景観はとどめている。
 この椿は、鉄砲小路東端の林家の裏庭にあり、樹勢は極めて良好で、春には多くの花を咲かせている。ツバキは常緑の高木で成長は遅く、古くから信仰の対象でもあり、鉄砲小路においては、防火林として家屋敷の堺に植えられ、種子は油を得られる貴重な資源として大切にされてきました。樹齢は約350年と推定され、鉄砲小路の変遷を見守つてきた貴重な椿である。
  推定樹齢:約350年   幹廻り:約2m   根廻り:約10m    樹高:約14m   枝幅:約9m』

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鳥栖家の木斛(もっこく)
 『細川忠利公が鳥栖家にお立寄りの時、この地に木斛が存在していた』そうで、鉄砲小路の移り変わりを見てきたのでしょう。
 推定樹齢:約350年   幹廻り:約2.27m   根廻り:約4.22m    樹高:約15m   枝幅:約8.5m

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林さん宅の椿 他にも大きな椿がいっぱい花を咲かせていました。
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モクレンも咲いていました。
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蘇古鶴(そこづる)神社の楼門と浄念寺のアセビ
蘇古鶴神社の楼門
 この蘇古鶴神社は「寛永12年(1635)9月、熊本藩主、細川忠利公が、熊本府から東北方の「鬼門」にあたるところから、また、この地に地鉄砲の者を仕立てるために、「鬼門」の厄を払い、併せて、鉄砲町(地鉄砲)の「守護神」として勧請されたものである。
 この神社本殿前に、町内で唯一の楼門(町指定文化財)がある。楼門は、銅板葺き2層建築である。奥行、3.06メートル、間口、3.99メートルで、楼門内には門神である「奇岩窓神」・「豊岩窓神」の2神を祀る。』
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 現地説明より、一部抜粋させて頂きます。
鉄砲小路について
 鉄砲小路は、寛永12年(1635)正月、当時の熊本藩主、細川忠利公の命によって新設された地筒(地鉄砲)の村で、90名にのぼる地筒集団は他に例をみない最大の規模でもあったのです。
 そのねらいは、非常時における軍備の強化と、未墾地の開拓による増収、更には、一番古難しいと言われていた浪人対策の一つでもあったのです。月に五回は城中に出仕し、その他は、武術の練磨と農耕に従事、一旦事あるときは、鉄砲組として主君に奉壮するのが任務だったのです。
 寛永14年(1637)の天草の乱には56人、その他小倉戦争、慶応4年の鳥羽伏見の戦いには101名が参加しております。
 組員相互が協力し合い、授け合って諸事に当る旧来の美風は今も尚受け継がれております。
  総代一名、小頭6名ヽ組横目7名、地筒76名
  屋敷前口 15問(約28m)、 小頭 20間(約37m)の幅で、中央道路をはさんで、北側に住家、南側に
 納屋、東西約4qに亘って整然と建ち並んだ景観は、たしかに異彩そのものだったことでしょう。』

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