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zoom RSS 水俣市 城山公園の梅園(2017年)

<<   作成日時 : 2017/03/17 03:50   >>

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2017年 2月21日   水俣市 城山公園の梅園(2017年)
 満開を予測して行ったのですが、ここは早くに咲くのかだいぶ散った梅もありました。それでもまだ見頃の梅を楽しめ、これから見頃となるピンクの梅なども見られました。
 例年、桜を見ながらついでに梅をになってしまうので、終わりに近い花しか見られていませんでした。今年は、それでも見頃の花を見られたようです。

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一段高い場所の梅
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水俣城址 ここにも緋寒桜が1本花を咲かせていました。
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水俣城跡(市指定史跡)
 肥後最南端の中近世城郭。水俣川の右岸に東西に伸びた標高30〜50mの火山灰(シラス)丘陵上に形成される。築城年代は明らかではないが、戦国期は相良氏、慶長五年(1600)関ヶ原の戦い後は加藤清正の支城であり、薩摩の島津氏に備えるべく肥薩国境防備の境目の城であった。
 天正九年(1581)、島津氏の攻撃により落城。相良氏は八代・葦北を失った。関ヶ原の戦い後、肥後一国51石の領主となった加藤清正により、領内の他の支城とともに整備されたが、慶長一七年(1612)、幕命により廃城となった。寛永一五年(1638)、細川氏により加藤氏の破城が不十分であったとして改めて石垣を撤去、堀を埋めたてられている。
 城の構造は明らかではないが、戦国期を含めた城域は東西約1qにわたると思われ、当看板の背後に位置する最西端の丘陵が近世に改修を受けた範囲とされる。従来、石垣や古井戸の存在が確認されていたが、近年の発掘調査により、新たに石垣や「慶長十二年」銘瓦が出土し、破城の状況なども確認されている。』

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