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zoom RSS 阿蘇市 小嵐山(しょうらんざん)と「ナバの泣き石」

<<   作成日時 : 2015/04/20 04:00   >>

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2015年 4月 7日   阿蘇市 小嵐山(しょうらんざん)と「ナバの泣き石」
 本当に小さな小山が、他とは雰囲気の異なる感じでたたずんでいました。昔は橋も木橋でなおさら京都の嵐山を思い起こさせる雰囲気があったのでしょう。正面には晴れていれば阿蘇山も見られるのですが、生憎の曇り空が残念でした。裏側には「ナバの泣き石」と呼ばれる大石もありました。また、すぐ眼下には中通古墳群も見られました。
 桜は左側に少ないですがまとまってあり、裏の山の中腹にも桜の列のような様子が見えたので、またの機会に訪れてみたいと思います。 
小嵐山
 小嵐山の裾には鹿漬川(しつけがわ)が流れ、京都の嵐山の渡月橋に見立てて木橋、老松の間から阿蘇の五岳を望み、まるで京都の嵐山を小さくしたような風情がある。小嵐山中央には150段を超える上り石段があり、石段の右側に第86代阿蘇大宮司阿蘇惟治の作と筆による「歌碑」がある。「月花にあわれ嵯峨野の面影を、うつすやここの小嵐山」この歌碑が「小嵐山」の名称の由来である。
 石段の途中、いくつかの石仏を見つけることができる。四国霊場八十八箇所にならって、人々や牛馬の安全、商売繁盛や五穀豊穣を祈って奉納したものである。
 小嵐山の上には馬頭観音や弘法大使などの祠があり、頂上からは阿蘇五岳や古墳群が一望できる。』
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ナバの泣き石
 山の右側から裏側に車で回って見ると、道路沿いに大きな石がありました。つぎのような言い伝えがあるようです。
ナバの泣き石
 昔、阿蘇のふもとに「ナバ」というあだ名の力持ちが住んでいた。泣けば泣くほど、さらに強い力を発揮するという不思議な男だった。ナバのお母さんが亡くなった時、葬式料理に使う「ナバ(茸、きのこの方言)」を採りに山に入り、「ナバ」が鈴なりに生えている立ち枯れた大木を見つけるや、根こそぎ引き抜いて持ち帰ったほどの力持ちである。これが「ナバ」というあだ名のいわれである。
 ある年、鹿漬川に堰を造ることになり、「ナバ」の力は大いに役立つことになる。誰も動かせないような大きな岩でも、「ナバ」は泣き叫びながら抱えた。そして工事が無事終わり、堰の完成を祝った翌朝のことである。堰の一部が壊れ、水がどんどん漏れている。一番大きな石が無くなっている。「ナバ」の運んできた石である。不思議なことに元あった場所に戻っていた。この大石は小嵐山の中腹から運んできたものである。「ナバ」き首をひねりながらも、また川まで運んできますが、翌日には元の山の中腹に戻っていた。「ナバ」は意地になり、毎日毎日泣きながら何度も石を運んだのだが同じある。最後にはとうとうあきらめ、他の石を使うことにしてやっと堰が完成した。これが「ナバの泣き石」という名前の由来である。』
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中通古墳群 (県指定史跡)
 現在は長目塚古墳と上鞍掛塚A古墳の2基の前方後円墳と、勝負塚古墳など大小の円墳8基の計10基が点在しているそうです。
画像長目塚古墳 (中通古墳群県指定史跡)   昭和34年12月8日指定
 長目塚古墳は墳長111.5mを測る熊本県最大級の前方後円墳です。かって古墳の周りには溝が巡らされ、その部分まで含めると129mの規模となります。度重なる水害に対して、昭和24年(1949)に長目塚古墳の前方部を切断して東岳川を改修することになり、破壊される前方部の発掘と古墳全体の測量が行われました。調査の結果、前方部の頂上から竪穴式の石槨が発見され、その内部からは成人女性の人骨の一部と鉄製の太刀
・刀子・矢じり・斧、石製の勾玉・管玉やガラス製の丸玉、内行花文鏡という銅製の鏡など、多くの副葬品が発見
されました。
 出土した遺物から、4世紀末から5世紀初め頃に前方部に埋葬施設が造られたと考えられます。一般に前方後円墳の主体部は後円部であることから、被葬者は主体部に埋葬された人物と非常に近い間柄にあった女性であり、当時の阿蘇を治めた「阿蘇の君」一族のひとりと推測されます。
 熊本県においては、この長目塚古墳を超える大規模な前方後円墳は造られていないため、このことは阿蘇谷の豪族の勢力がいかに大きなものであったかを物語っています。昭和34年に中通古墳群として県指定史跡になり、出土品は平成19年に市の文化財に指定されています。』


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