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zoom RSS 氷川町 原田地区の大銀杏

<<   作成日時 : 2014/12/20 04:00   >>

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2014年11月30日   氷川町 原田地区の大銀杏
 黄葉した姿を見たくて訪れてみました。2本あるのですが、1本は見頃に黄葉し、1本は既にだいぶ散ってしまっていました。国道3号線からも黄葉しているのが見え、川沿いの細い道を真直ぐ行った突き当りに銀杏があります。この銀杏は地区の人たちによって世話がされているそうです。

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樹乳(気根) 小さいですが樹乳も見られました。
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原田観音 銀杏の隣に原田観音堂とくちなしさんの碑がありました。
「原田」 文化財案内
中島の地名
 明治7年(1874年)中野村と平島村が合併し、中と島を併せ中島村と改称した。昭和30年10月1日、鏡町の大字上有佐と大字中島の一部を宮原町に編入。中島は宮原町、鏡町の大字となった。球磨川・氷川・瀬戸口川から取水する用水が流れ条里制遺構の地名、京坪・十間などが残っている。
●原田観音               
 由緒、創建年月日は不詳
 「昭和八年五月中旬謹造。仏師岡本明大郎、同鶴亀」と記す。現在、この堂にクチナシさんを併せ祀る。
●クチナシさん
  原田の南西方向にクチナシという小字があり、ここには梔子の木が植えられクチナシ塚と呼ぱれている。
  建武中興の戦いで早尾の今宮から原田の戦いへ移ったとき、少弐方の武士が沼に沈み憤死した。その霊が
 鏡町の斉藤由良造氏に現れクチナシであることを告げた。昭和8年、この地に堂を建立し祀った。(石碑刻文より)
●原田の亀蛇(ハツダンガメ、)
  三神宮秋の大祭に催される神幸式に奉納される。小川町出来町の惣代亀井弥太郎・坂崎儀八氏等が、小川
  阿蘇神社に奉納した亀蛇を明治13年9月に原田地区の人たちが譲り受けたもの。
  三神宮大祭には毎年、旧中島村の中野地区と原田地区が各々飾馬1頭を出していたが、奉納費用軽減のため
 2地区が集落で共同購入し、奉納することとした。中島村が分村し、宮原町と鏡町にそれぞれ合併した後は、原田
 地区、中野地区が1年おきに奉納している。
  亀蛇の尻毛の赤い麻糸を貰って持ち帰る習慣は、感冒に罹らないと言い伝えられているためである。
  昭和55年9月、原田地区総出で亀蛇の大修理を行った祭に、亀蛇の衣装の胴巻から祭典に奉納していた幟旗
 が出てきた。神仏混淆の時代の旗と思われる。阿蘇神社の違鷹旗の紙紋があり『奉献十−面観世音菩薩文化七
 年庚年九月吉日出来町』と記されていた。』

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