熊本の花所

アクセスカウンタ

肥後六花 山茶花・椿 梅 の 花 菜 の 花 桜 の 花 石 楠 花 ツ ツ ジ バ   ラ 菖   蒲 紫 陽 花
蓮・睡蓮 ヒマワリ 彼 岸 花 コスモス 菊 花 展 紅   葉 黄   葉 山 野 草 ラ   ン その他・花
       各掲載記事の中で赤字の部分にカーソルをセットした場合、下線が表示される部分にはリンクがされております。
       また、トラックバックには当記事に関連して、新たに訪れた記事等をリンクさせています。是非そちらもご覧ください。
       現時点に近い記事をご覧になりたい場合は 速  報 をご覧ください。

zoom RSS 山鹿市 来民(くたみ)の大銀杏(2014年)

<<   作成日時 : 2014/12/19 04:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2014年11月28日   山鹿市 来民(くたみ)の大銀杏(2014年)
 幹が途中から無くなってしまい、ずんぐりむっくりとした姿をしていますが、黄葉した姿は素晴らしいです。太い幹が途中から折れてしまっており、中も朽ちている様子が見られました。
来民の大イチョウ    市指定文化財
 推定樹齢350年の雄株のイチョウです。これまで台風や落雷などの被害を受けながらも、平成10年の土壌改良などによって樹勢は回復しつつあります。幹囲8m、文禄年間、加藤清正公が朝鮮出兵戦捷祈願に来蒲したとき植えたものと云われている。』 

画像 画像

画像画像
画像

画像  画像

画像  画像

画像画像
画像

京都産業大学を創立せし荒木俊馬の碑 今年建てられたようですが、すぐ横にありました。
画像学祖荒木俊馬ゆかりの地記念碑
 京都産業大学の創設者である荒木俊馬(明治30年〜昭和53年)は、明治30(1897)年3月、熊本県立鹿本中学校初代校長の父竹次郎と母記寿の長男として、来民の地に生を享けた。明治36(1903)年、来民尋常小学校へ入学、明治43(1910)年、熊本県立中学済々貴へ進学、殊に「徳体知」の三育併進を建学の精神に掲げた済々費において、のちの教育者たる人格が潜在的に育まれ、京都産業大学の創設にあたっての建学の理念にも大きな影響を与えた。大正9(1920)年、京都帝国大学理学部に入学、当時最先端の科学であった宇宙物理学を志す。大正12(1923)年、京都帝国大学卒業とともに同大学理学部講師に就任、助教授、教授と昇進を続けた。この間、欧州留学を経験し理学博士の学位を取得するなど、気鋭の天文学者として研究活動や後進の指導に邁進した。
 荒木俊馬は、理想の高等教育を実現するため大学の設立に奔走し、昭和40(1965)年、京都産業大学を創設して初代学長兼理事長に就く。全世界の人々から尊敬され、社会に役立つ人材の育成を掲げた教育者荒木俊馬の源流は、まさに、ここ熊本、来民の地に求められるのである。荒木俊馬ゆかりの地にこの碑を建立し、ここに永くその功績を顕彰する次第である。        平成26年2月吉日   学校法人 京都産業大学』

また、入り口付近には次のような案内もありました。
山鹿郡「中村手永」会所跡      
 ここの町有地一帯は、細川藩時代 山鹿郡の東部三二ヶ村を治めた役所「中村手永」会所跡であり、二百四十年間この地方の中心地であった。当時の建物の配置などはいまも宝暦新町絵図ではっきり知ることができる。明治のはじめ手氷が廃止されてからも、なほ来民町の中心として昭和の中頃まで町発展の重要な拠点であった。
ここにあった主な建物は左の通りである。
 中村手永会所  来民小学校  私立城北学館  来民町役場  町立工業徒弟学校  町立模範職工養成所
 (記載されていた年は、和暦と西暦の年が合わないため省略させて頂きます。)』
   
場 所





熊本の花所トップへトップページから市町村別、花別、月別(カレンダー)でもご覧願います。

テーマ

関連テーマ 一覧

 次のトラックバックには、より最新の記事、ならびに関連する記事がリンクされている可能性があります。 トラックバックがある場合は、表題部分をクリックしそちらもご覧願います。

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
山鹿市 来民(くたみ)の大銀杏(2015年)
2015年10月29日   山鹿市 来民(くたみ)の大銀杏(2015年)  まだ黄葉には早いのですが通りかかったので様子見に寄ってみました。一目見て、その変わり果てた姿に驚きと悲しみが湧き上がってきました。今迄も度々台風や雷の被害を被ってきたようですが、今回は台風15号の影響でしょうか?折角幹を覆い隠すように楕円形の樹形となっていた枝が無残にも折れてしまったようで、枝を切り落とした様子も見られました。今迄、枝に隠れて雷で燃えたという黒い跡など見えなかったのですが、幹が見られるようになって... ...続きを見る
熊本の花所
2015/11/10 07:28

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
山鹿市 来民(くたみ)の大銀杏(2014年) 熊本の花所/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる