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zoom RSS 熊本市 熊本城の桜−2(2013年)

<<   作成日時 : 2013/04/10 04:00   >>

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2013年 3月26日   熊本市 熊本城の桜−2(2013年)
 引き続いて熊本城周りの桜を紹介いたします。
 熊本市役所の展望ロビーから、熊本城の発祥?となった千葉城のあったあたり(NHK熊本放送局)に向かいました。
NHK熊本放送局前の桜
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 ここには、「原道館跡」の石碑が立てられています。また、宮本武蔵の居宅跡も近くにあります。
原道館跡
 原道館は、幕末の肥後の一大思想家であり大学者でもある林桜園(おうえん)の家塾です。桜園は、寛政9年(1797)に下級藩士の家に生まれ、はじめ藩校時習館に入りましたが、のちに国学者長瀬真幸の門に入り、神道と国学を学びました。とくに教育者としての活躍には目を見張るものがあり、天保8年(1837)この地に居を定めてから明治3年(1870)に没するまでの間、ここで一党一派を問わず1200余名の門弟を教育し、宗教家、政治家、学者、歌人、画家、楽人等多方面の才能を咲かせました。この中でも肥後勤王党、敬神党(神風連)の人々に強い影響を与え、幕末肥後の第一等の人傑と称えられています。』
再び熊本城側に戻り、高橋公園へ
高橋公園
 「第七代熊本市長高橋守雄の功績をたたえて昭和47年3月に建設された公園」だそうで、高橋守雄の銅像の他、「谷 千城の像」、「横井小楠をめぐる維新群像」などがあります。
谷 干城(たに たてき)
 天保八年(1837)土佐藩士の家に生まれ、戊辰戦争に参戦して功績があった。明治五年(1872)陸軍少将となり、六年から暫く熊本鎮台司令長官となり、神風連の変後、再び熊本鎮台司令長官となり、西南戦争に際しては籠城策をとり、五十二日間にわたる薩摩の猛攻に堪えて勇名を馳せた。のち貴族院議員となり、同四十四年(1911)に没した。この銅像は、昭和十二年(1937)に西南戦争六十年を記念して建設されたが、第二次世界大戦中に金属供出され、昭和四十四年(1969)に明治百年を記念して再建された。朝倉文夫の作品である。』
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横井小楠をめぐる維新群像
 横井小楠、諱は時存、通称平四郎.、幕末維新期の大思想家。横井家は細川藩士家禄150石の家で、小楠は文化六年(1809)熊本城下の内坪井で生まれた。藩校時習館に学び居寮長に推されて数年、江戸遊学を命ぜられて天下の俊秀と交わり活眼を開く。帰国後実学を主唱し、中級武士と惣庄屋層の支持を得る。越前松平春嶽に聘せられて福井藩にその経論を実現し、後春嶽の幕府総裁職就任に当たってはその顧問として幕政改革に貢献、その間に勝海舟と相識り、坂本龍馬にも影響を与えた。文久三年帰国を命ぜられ士席を除かれて隠栖すること五年、明治元年経世の才を買われて手新政府の参与に出仕、抱負の実現を図ったが、翌二年正月京の町で志半ばで凶刃に倒れた。明治三年熊本藩は実学派の改革を実現し、藩知事細川護久、大惨事同護美の下に、藩士山田・嘉悦・内藤等及び惣庄屋層の徳富・竹崎・長野等による肥後の維新の到来を見た。』
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東十八間櫓と桜
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ここから反時計回りに石垣沿いを上って行きます。
不開門への上り口と平櫓
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平櫓 ここの石垣も高く魅力的です。
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この途中、高い石垣越えの木々の間に天守閣が見られます。途中から石垣の間の坂道を上り、監物台樹木園前に出てきました。ここの桜も素晴らしいです。
桜の間に見える戌亥櫓(いぬいやぐら)が見えます。
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ここから左折して加藤神社経由で頬当御門に向かうルートも宇土櫓の高い石垣を見られる場所がありますが、直進し二の丸に向かいます。
角から天守閣、宇土櫓に戌亥櫓を見ることができます。
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ここから西大手門に戻り、頬当御門に向かいました。
宇土櫓・頬当御門付近の桜
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宇土櫓と桜 ここの石垣が一番高いと思います。
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 ここから南大手門をくぐり、「城彩苑」の中を抜けて、古城と呼ばれる「隈本城跡」へと向かいます。
南大手門
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手前の白い桜は熊本の固有種・千原台桜かもしれません。
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隈本城跡にある県立第一高等学校内に横穴古墳群があるので、この機会に見させて頂きました。
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県立第一高等学校正門左側に隈本城の石垣が残り、公園となっています。
隈本城の石垣と桜
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二の丸駐車場に向かう坂道左側にも桜が咲いていました。
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途中から「県立美術館」の案内に従って左に上ります。
ここの桜も素晴らしかったです。
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左手、護国神社前にも桜が咲いていました。
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右手の桝形を通って、二の丸駐車場へ 地元の方々は観光客で込み合う場所は避け、こちら側で花見をされているようでした。
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全てではありませんが、熊本城の外周をほぼ歩いた感じです。


場 所
 地点はNHK熊本放送局前です。
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2013年 3月26日   熊本市 熊本城の桜−1(2013年)  熊本城の桜も満開。春爛漫というところで観光客も多く、お花見をする人たちも多かったです。お気に入りのコースを2時間掛け桜を求めて歩き回ってみました。 2010年 熊本城の桜 二の丸駐車場にて、バスの頭越しの桜と天主閣 西大手門前から空堀と戌亥櫓(いぬいやぐら)・西出丸の塀 西大手門 ここから天守閣方面には向かわず、右側に下ります。 未申櫓(ひつじさるやぐら) 一度、「城彩苑」のテラスまで下り、飯田丸五階櫓を撮... ...続きを見る
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2013/03/29 07:41

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