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2013年 3月 4日 八代市 松井神社の臥龍梅(2013年) 花数は多くはないですが、見頃の花を見ることができました。花を見るというより臥龍梅と言われるように、龍のように曲がりくねった木の姿を見るのが楽しみです。一部弱って枯れてしまった部分もあるようですが、枯れたように見える枝にも花が見られ懸命に生きている様子にも感銘を受けます。 2本あるように見えますが、元は1本のものが地面を這って増えたものでしょうか?梅も見かけより生命力の強い木ですね! 『臥龍梅と臥龍梅碑 この辺りはもともと八代城の北の丸だったところで、寛永17年(1640)7月、細川三斎(忠興、1563〜1646)が数寄屋(お茶室)を築き、庭園整備を進めました。 臥龍梅は、三斎が自ら植えたと伝えられ、老いてなお気品あふれる花を咲かせ続けるその姿は、晩年をここで過ごした三斎の姿をほうふっとさせます。 傍らにある臥龍梅碑は、明治17年3月、松井家12代当主松井敏之が建てたもので、碑文は鏡町の教育者名和童山によります。 百花に先駆けて咲く梅花になぞらえ、戦国乱世における三斎の活躍は人中の魁であったこと、三斎の後、八代城に入った松井興長、その父康之の武勇も魁であったことが称えられ、その遺徳を伝えたいとの建立趣旨とともに、先人に恥じない立派な人物であるようにとの後世の人々への戒めが記されています。 何物驪龍、化作老梅、頷珠粲爛、花光爭開、嗟此厥初、 先公所栽、人中之傑、花中之魁、相傅相承、世闘芳來。 (何物か驪龍、化して老梅となる。珠をふくみ粲爛、花光争いて開<。 ああこれ、そのはじめ、先公の栽ゆるところ。人中の傑、花中の魁、 あい伝えあい承け、世々芳来をたたかわす。)』 少し離れた木 場 所 |
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八代市 松井神社の臥龍梅(2015年)
2015年 3月10日 八代市 松井神社の臥龍梅(2015年) やはり花は終盤となってしまっており、数が少なかったです。枯れたように見えていた枝は、やはり枯れてしまったようで枝を支えていた鉄線だけが無残にも残っていました。 今迄気にしなかったのですが、隣の池には菖蒲が緑の芽を出しており、松濱軒だけでなくこちらにも花が見られそうです。 2013年 松井神社の臥龍梅 隣の池(神社横)の菖蒲 ...続きを見る |
熊本の花所 2015/03/23 08:00 |
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