熊本の花所

アクセスカウンタ

肥後六花 山茶花・椿 梅 の 花 菜 の 花 桜 の 花 石 楠 花 ツ ツ ジ バ   ラ 菖   蒲 紫 陽 花
蓮・睡蓮 ヒマワリ 彼 岸 花 コスモス 菊 花 展 紅   葉 黄   葉 山 野 草 ラ   ン その他・花
       各掲載記事の中で赤字の部分にカーソルをセットした場合、下線が表示される部分にはリンクがされております。
       また、トラックバックには当記事に関連して、新たに訪れた記事等をリンクさせています。是非そちらもご覧ください。
       現時点に近い記事をご覧になりたい場合は 速  報 をご覧ください。

zoom RSS 熊本市 島崎地区(叢桂園・釣耕園・三賢堂)の紅葉(2012年) 

<<   作成日時 : 2012/12/25 06:00   >>

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2012年11月28日   熊本市 島崎地区(叢桂園・釣耕園・三賢堂)の紅葉(2012年)
 今年はどこも紅葉が早くに進んでいる様子で、すでに遅いかなと思いつつも訪ねてみました。やはり残念なことに見頃は過ぎてしまった様でした。それでもまだ残った紅葉が赤に黄色にと色付いており楽しませてくれました。今迄あまり人に会うことが無かったのですが、今回は連れ立ってこられていた数組の方々に遭いました。知名度が上がってきているのでしょうか?
叢桂園の紅葉
『叢桂園は江戸時代肥後の文化、医学教育に貢献した村井家歴代の別荘跡である。村井琴山1733年〜1815年)が工を起し、その子蕉雪(1769年〜1814年)の代に完成した。園の入り口に「出者不遂入者不拒 山家自然妙境」と刻んだ石がある。揚子江、洞庭湖を象った池があり遣水が流れている。頼山陽はじめ多くの文人墨客が訪れている。村井琴山の父見朴(1702年〜1760年)は藩主細川重賢に藩立医学校「再春館」設立を建議し、宝暦七年開講した。「患者を身分貧富で差別せず、治療技術のみでなく学理を学ぶ、師弟関係を尊重する」を教育方針とした。村井琴山は京都の山脇東洋や吉益東洞の教えを受け、古医方を唱え医道二千年眼目編・和方一万方等の著書を残し多くの門下生を指導した。その子蕉雪も医業を継ぎ再春館医学監を務めた。』

画像画像
画像

画像 画像

釣耕園の紅葉
 肥後藩五代藩主綱利(つなとし)によって作られた「お茶屋」と呼ばれる別荘でした。個人の所有ですが一般に公開されています。 

画像 画像

画像 画像

画像 画像

三賢堂の紅葉
 『三賢堂は熊本出身の政治家安達謙蔵(1864〜1948年)により精神修養の場として昭和11年この地に立てられました。
 堂内には肥後の三賢人として、南朝の忠臣菊池武時、肥後の藩政を確立した加藤清正、細川家の中興の祖細川重賢の坐像が田島亀彦、朝倉文夫、長谷秀夫ら彫刻家の手で製作され安置されている。
 三賢堂の下にある家屋は安達謙蔵の旧居で原泉荘、書斎は備於斎と名付けられ昭和24年遺言により熊本市に寄贈された。』

画像画像
画像
                                         延命水
画像画像
画像


場 所
熊本の花所トップへトップページから市町村別、花別、月別(カレンダー)でもご覧願います。

テーマ

関連テーマ 一覧

 次のトラックバックには、より最新の記事、ならびに関連する記事がリンクされている可能性があります。 トラックバックがある場合は、表題部分をクリックしそちらもご覧願います。

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
驚いた 驚いた
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
熊本市 島崎地区(叢桂園・釣耕園・三賢堂)の紅葉(2012年)  熊本の花所/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる