熊本の花所

アクセスカウンタ

肥後六花 山茶花・椿 梅 の 花 菜 の 花 桜 の 花 石 楠 花 ツ ツ ジ バ   ラ 菖   蒲 紫 陽 花
蓮・睡蓮 ヒマワリ 彼 岸 花 コスモス 菊 花 展 紅   葉 黄   葉 山 野 草 ラ   ン その他・花
       各掲載記事の中で赤字の部分にカーソルをセットした場合、下線が表示される部分にはリンクがされております。
       また、トラックバックには当記事に関連して、新たに訪れた記事等をリンクさせています。是非そちらもご覧ください。
       現時点に近い記事をご覧になりたい場合は 速  報 をご覧ください。

zoom RSS 熊本市 河内・船津厳島神社・桜の紅葉

<<   作成日時 : 2012/12/20 06:00   >>

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2012年11月24日   熊本市 河内・船津厳島神社・桜の紅葉
 ここにも桜の紅葉が残っていたので寄ってみました。河内公民館の紅葉に比べたら葉が散ってしまい少なくなっている木もありましたが、綺麗な紅葉を見せてくれた木もありました。このような紅葉もどことなく風情があります。
 河内公民館の桜といい、なぜこんなに葉が残っているのでしょう?海が近いことが桜に良い影響を与えているのでしょうか不思議に思います。

画像 画像

画像画像
画像

画像 画像

画像
船津厳島神社由緒
 当神社は、牛嶋家三拾五代牛嶋喜右衛門公照神恵を蒙り、慶長十五年(1610年)初夏一社を造営、厳島大神を勧請奉斉世間を饒益し怨敵除き、子孫繁栄、智慧財宝を與える神として祈願、当地鎮護として祭祀され今日に至る。当祭神は、広島安芸の宮島の市杵嶋姫命、田心姫命、祭日は四月五日、十月十五日で代々氏子の崇敬を続けて来たが、明治四十四年二月九日午前八時火災により喪失して現在地に移転再建されたと伝う。

牛嶋家の略記
 牛嶋氏は桓武天皇の後胤にして、元は澁江の苗字を改め牛嶋氏と稱すと、源頼朝公の御判あり。澁江五郎公尚代々紀州中山の城主として壱萬参阡参百五拾町を領すと其の所在尚今日に存す。安徳天皇(1183年)寿永二年四月、肥前国長嶋荘に下向し牛嶋形部公尚と名字を改め。後鳥羽天皇(1190年)の御代建久九年(1198)肥後国活亀荘河内浦に移り此の地を開き当地の山の上三名衆として八ヶ村、又玉名郡小天村計九ヶ村の豪族として菊池氏に仕え、後に加藤氏に仕う。因みに牛嶋氏の菩提寺は清光山江月院と傳う。・・・・・  以下省略』

 以前桜を見に訪れた時に上の公園まで簡単に行かれた思いがあり、行こうとしたが間違っていたようで、近くにあった駐車場に車を止めて、ミカン畑の間を行ってみました。
画像 画像
みかん畑もそろそろ収穫時期、色付いたミカンが見事でした。
画像 画像


場 所
熊本の花所トップへトップページから市町村別、花別、月別(カレンダー)でもご覧願います。

テーマ

関連テーマ 一覧

 次のトラックバックには、より最新の記事、ならびに関連する記事がリンクされている可能性があります。 トラックバックがある場合は、表題部分をクリックしそちらもご覧願います。

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
熊本市 河内・船津厳島神社・桜の紅葉 熊本の花所/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる