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zoom RSS 小国町 下城の大イチョウ(2012年)

<<   作成日時 : 2012/11/13 06:00   >>

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2012年10月29日   小国町 下城の大イチョウ(2012年)
 樹齢が千年を超えた老木なので、黄葉するところから散ってしまうという感じですが、まだ見頃の黄葉には早いようでした。完全に散る前には葉は少なくなりますが綺麗な黄葉を見ることができます。
国指定天然記念物 下の城のイチョウ    昭和9年12月28日指定
 ここは、周辺の道路より高くなっており、戦国時代末期下城の城主であった下城上総介経賢の墓所で、イチョウの根元にある五輪塔は、経賢の母妙栄の墓と言われている。
 このイチョウは、雌株で根元の周囲は約21m、幹囲は10m、樹高は25mある。樹高が低いわりには周囲を覆いつくすように広がった枝張りと、根元からのびた多数のひこばえが柱状に取り囲んでいるのが特徴である。地元では「チコブサン」の愛称で親しまれ、乳の出の悪い婦人がこの木に祈り、幹から下がった乳瘤を削り、煎じて飲めば乳の出が良くなると言われている。
 県内には、国指定のイチョウとして「下田のイチョウ」(現熊本市城南町隈庄)がある。』また、『鏡ヶ池伝説によると、小松女院の乳母眞神の墓標とも伝えられている。』

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                                       上の方の枝は綺麗に紅葉していました。
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乳瘤は削られたのでしょうか?
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駐車場脇にあった説明
小国町の伝説  下城公孫樹(大イチョウ)・下城滝の歴史
 朝に夕に仰ぎ見るこの大銀杏は、千年の人の興亡を見てきた証人である。春、朝日を受けて生命力に溢れるこの大樹はこの地区の宝である。この大樹には、樹の誕生にまつわる都人の悲恋の物語が残る。醍醐の帝の皇孫小松女院は、清少納言の兄清原正高と御所で相慕う仲に成られた。正高は、許されぬ皇女との恋に豊後国玖珠に左遷された。正高を慕う小松女院は、西国に正高の噂を聞き、乳母真神と侍女らを供に正高を探す旅に出られた。女院の一行は、流浪漂泊の末、小国の郷に入られたのが、天延三年(975)の事であった。宮原に宿を求められた一行は、近くの泉に女が命とする大事な鏡を沈め正高との再会を祈られた。この泉は、現在「鏡ヶ池」と呼ばれ恋人との再会を願う多くの人が訪れている。そして、玖珠へと旅立たれたが、この下城まで来た時、乳母真神が急な病に伏せられ不帰の人となった。母と慕う乳母を失った女院は、悲しみの中に乳母を葬られた。
 女院の一行がこの地を去られて後、この地に住む人々が墓の標に植えたのが、この大銀杏と語り継がれている。一行は、玖珠の地で正高にすでに妻子ある事を聞き、女院は、茫然自失、生きる望みを失い三ヶ月の滝に身を投げられた。
それを知った正高は驚き嘆き、亡がらを手厚く葬り神社を建立して菩提を慰めている。現在の滝神社である。
 この大銀杏の樹冠下に、中世、この地を治めた阿蘇大宮司家の重臣下城上総介経賢の母妙栄の五輪の塔が残っている。下城氏は国衆一揆で滅びたが、「下城城跡」は「下城滝」左岸の台地に残る。上総介の母妙栄は、戦国の世に命のはかなさを悲しみ、銭八万枚で梵鐘を鋳造して、神護寺(小国両神社内)に寄進した。梵鐘は、数奇な運命をたどり、現在、「妙栄の鐘」と呼ばれ、県重要文化財として南小国町に保存されている。
 また、この看板右側に「下城不動尊」が祭られている。下城氏の菩提寺「護心寺」の本尊と伝えられる。寺跡に「下城殿の墓」が残る。五輪の塔の大きさから下城氏の往時を偲ばせるものがある。
「下城城跡」の中央を国道二百十二号線が通るが、その建設の際遺跡調査が行われ旧石器の遺物が出土、「下城遺跡」として知られるようになった。さらに南に社の森がある。『下城若宮神社』である。主祭神はモンゴルからの国難に備えて鎌倉から下向した九州探題北条定宗公である。昔日、この若宮神社や小国両神社に奉納した「下城楽」は、現在も続き町の無形文化財となっている。
 大銀杏を有名にしたものがもう一つある。大銀杏の「こぶ」である。「こぶ」は成長すると樹根を出す命の源なのだが、この「こぶ」をお乳の少ない女性や、はやり病のものが煎じて飲むと快癒すると信じられてきた。
 毎年、秋の夜ライトアップに神秘的な姿が映え十月下旬から十一月上旬の日曜日、健康を願う人たちや観先客を集めて「ちちこぶ祭」が、地域づくりグルーブ「楽夢下城」によって盛大に行われている。
                                                資料提供「小国郷史談会」』

場 所
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