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zoom RSS 人吉市 大村横穴群の桜

<<   作成日時 : 2012/04/09 06:01   >>

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2012年 4月 2日   人吉市 大村横穴群の桜
 ホームページに隠れた桜の名所と紹介されていたので訪ねてみました。細い道の民家の間を抜けると桜が見えてきました。ちょうど人吉駅の裏側です。丁度満開を過ぎた所?風に花吹雪が舞っていました。横穴群が東群と西群に分かれていますが、両方とも横穴群の前に桜が咲いていました。
『大村横穴群は球磨川の北にある村山台地の南側崖面にある。崖面の約800mの間に東西2群に分かれて27基の横穴がある。これらの「横穴」は、6世紀から7世紀の古墳時代後期に造られた「墓」であり、この中の8基の横穴の外面には動物、武器、武具、幾何学文様(円文、三角文等)の装飾ある。大村横穴群は早くから学会に注目された遺跡で、大正5年(1916)には京都帝国大学(現在の京都大学)考古学研究室の浜田耕作氏らにより調査が行われた。その後、学術的価値から大正10年(1921)3月3日に国指定史跡となっている。
 横穴の構造は、羨門、羨道、亡くなった人を寝かせる玄室からなり、これらの構造は古墳時代の高塚古墳(前方後円墳、円墳等)の横穴式石室と共通するものである。装飾を持つ古墳を一般に装飾古墳と呼び、全国に約6OO基の古墳か知られているが、熊本県内にはその3割の187基の装飾古墳がある。なぜ装飾がなされたかはさまざまであるが、亡くなった人の権力を示すためや墓を悪霊から守るためなどと考えられる。』
西群の横穴
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東群の横穴
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入り口に装飾のされた横穴も見られます。
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東群の上に地元の方が上って行くので付いていくと、西南の役の砲台跡があるとの事、崖の上まで上って人吉西小学校前に「西南の役官軍砲台跡」があり、人吉城を正面に眺めることができました。
西南の役官軍砲台跡
『明治10年の西南の役において、熊本方面で敗れた西郷軍が兵を立て直すため、人吉まで引き、33日間永国寺に滞留した。しか官軍は、総攻撃を行いこの人吉の街が見降ろせる村山の要地を占領し、大砲を構え攻撃をかけた。西郷軍は球磨川南側の人吉城周辺に本営を置き、防戦に努めた。双方の砲弾入れ交り、人吉の街全体を巻き込む未曾有の戦いとなった。官軍の破裂弾は薩軍の本拠地、永国寺、新宮家、あるいは薩軍の軍列に命中したが、薩軍の砲弾はこの村山砲台までは届かなかったという。官軍は6月1日朝、市街地に突入した。』
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