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zoom RSS 熊本市 谷尾崎梅林公園、百梅園の梅(2011年) まだまだ蕾です。

<<   作成日時 : 2011/01/29 09:36   >>

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2011年 1月26日   熊本市 谷尾崎梅林公園、百梅園の梅 まだまだ蕾です。
 例年、公園入口の1本の鶯宿だけが開花が早いので、そろそろ咲いているのではと出掛けて見ました。咲き始めてはいたものの、厳しい寒さの影響で花の咲き方は例年に比べて遅れているようでした。花の時期になると沢山の人でにぎわう梅園も、まだ訪れる人はおらず閑散とした静けさでした。

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                                          青軸らしい緑の蕾も大きくなっていました。
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百 梅 園
 こちらは例年開花が遅いので、花は咲いていないのは分かって足を延ばしてみました。西バイパスが整備されたので、両梅園は直ぐ近くになりました。
 百梅園で、本当に百本の梅があるのとの疑問もありますが、今回気がついたのですが(花が無いから?)小さな番号札が93番まで付けられ、入口の上り口付近に8本程度の番号のない梅があったので、百本は越えているようです。
現地にあった説明を掲載しておきます。
『百梅園(熊本県熊本市)
 百梅園は、細川重賢の時代の漢詩人、米田波門が避竹園または四時園と称して生涯をおくった所です。後に、幕末維新
の漢学者である兼坂止水が百余株の梅を植え「百梅園」と称し、熊本近郊の一名所としました。また止水は兼坂塾を創設
して多くの塾生を世に出しましたが、その中には徳富蘇峰・蘆花兄弟もいたといわれています。』

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93番の札のついた梅                             入口付近の梅
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兼坂塾跡
『兼坂止水は、細川藩士で学者、詩人として知られており、また明治四年(1871)家禄を奉還し、農事にしたがった藩士中第一号の帰農者としても有名である。梅をこよなく愛し、数多くの梅を植えたことからここを百梅園と名づけ、この地に塾を開き多くの子弟を教育した。徳富蘇峰もこの塾に学んだ。』
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現地にタイルに焼かれて梅と茶に関する説明がされていましたので、梅の部分だけ転載いたします。
梅の説明
『ウメ〔梅〕  ・英名 Japanese apricot  ・学名 Prunus mume Sieb. et Zucc
   中国原産の落葉小高木で、バラ科サクラ属のウメ亜属に分類されます。高さは5〜10mになり、樹皮は堅く暗灰色で
  す。葉はたまご型で先がとがっており、長さ4〜8p。2〜3月に径2〜3pの芳香のある花をつけます。果実はやや球形
  で浅い縦の溝と細い毛があるのが特徽で、6月頃に成熟し黄緑色になります。中には2pくらいの種子があり、核は硬く
  外面に凹溝と蜂の巣状の穴があります。果肉は食用に使うため、果実用品種はその厚さや質により園芸品種として選別
  されます。
   梅には多数の品種があり、現在300種以上があります。用途から食用の実梅と鑑賞用の花梅に分けられ、花梅は野梅
  系、紅梅系、豊後系に大別されます。野梅系は小枝が多く、一部はとげ状の枝もあります。葉は小さく花色も多くは白で
  紅花でも淡いものが多いようです。紅梅系は材が赤く、花も紅色が多いですが白いものもあります。豊後系は枝が太く、
  大きな葉の表面に毛がある系統で、花は大輪で淡い紅色が多く、香りはあまりありません。果実が大きく梅干しや煮梅に
  利用さ|れます。
梅の文化史
   詩歌史のうえで最初に梅を詠んだのは天智天皇・天武天皇の孫に当たる葛野王で、日本最古の漢詩集「懐風藻」(751
  年)にその五言詩が登載されています。しかしこれは、隋の江総という詩人の詩を下敷きにしたパロディで、このことから、
  当時の国家体制の最高指導層である皇族や貴族が抱〈文化意識〈みやぴ〉を、先進大国である中国詩文の模倣を通じて
  形象化しようとした傾向がうかがえます。
   「万葉集」にはしばしば梅が登場 します。この年代に達すると、中国からの渡来植物である梅は北九州地方では盛
  んに栽培されていました。しかし文化的視点から特に重要なのは、梅の実物が輸入されたと同時に中国流の梅花の
  鑑賞の仕方まで伝わった点です。万葉の知識人達は、梅を教材にして(みやぴ)を学ぼうと努めました。このように梅は、  律令支配・都市貴族の花でした。平安時代の文化においても梅が重要な地位にあったのは当然のことといえます。
   律令体制が緩み、荘園制度が進行するにつれて、花の王座としての地位は桜に譲られる日が来ました。ただし近世
  にはいり、庶民間に起こった園芸ブームの一躍をになって、庭園花木から鉢植え(盆梅)に及ぷまでの様々な鑑賞用
  植物の地位を回復し、日本各地に梅の名所がおぴただしくできました。
梅と墨絵            
   中国からの渡来植物である梅が日本においてこれほど普及した理由のひとつに、鎌倉時代における禅宗と水墨画の
  流行があげられます。ことのほか梅を好んだといわれる禅僧の余技として発展してきた水墨画は、梅を主題とすることも
  多く、また禅的な雰囲気を持つ梅の姿は、水墨技法の描写にたいへん適していました。   |
花・前線
  梅にはたいへん多くの種類がありますが、花の色で大別すると白い花と赤い花があり、気象台ではあまり厳密に品種を
  限定せずに、明治以来白梅と紅梅として開花期を調べてきました。それによると、一般に紅梅は白梅よりも一週間ぐらい
  遅れて咲く傾向があります。花の寿命は南の地方で15〜20日、北の地方へ行くほど短く、東北地方では10日くらいで 
  す。』
九州では早い所で2月1日、遅い場所で2月15日に開花となっているようですが、最近ではもっと早くに開花するのかもしれません。

場 所
 百梅園は地図上・石神山の南東あたりです。
熊本の花所トップへトップページから市町村別、花別、月別(カレンダー)でもご覧願います。

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熊本市 百梅園の梅(2011年-2)
2011年 2月10日   熊本市 百梅園の梅(2011年-2)  谷尾崎梅林公園を見た後に、こちにも寄ってみたのですが、まだ花が咲き始めた所という感じでした。日差しは暖かさを感じさせるのですが、風はまだ寒く開花時期が昨年と比べると遅れているようです。花を長く楽しむのには良いかもしれませんが、13日は雪もちらつき冬に逆戻りしてしまったようです。 2010年 百梅園の梅     2010年2月9日 百梅園の梅   ...続きを見る
熊本の花所
2011/02/16 07:43

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