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2008年 9月26日 玉名市 石貫地区のヒガンバナ 玉名市役所前から県道4号線を南関町に向かって行くと石貫があります。道路脇の川沿いにヒガンバナが数箇所にまとまって綺麗な花を咲かせていました。近くには国指定史跡の石貫穴観音横穴群、石貫ナギノ横穴群の他、「日本最後敵討之地」碑等もあります。 廣福寺橋近くのヒガンバナ 「日本最後敵討之地」碑 『文久元年(1861)4月6日、江戸細川藩邸で入佐唯右衛門が下田平八、中津喜平の二人を殺し、逐電した。残された平八の妻田鶴(たず)喜平の妻寿の(じゅの)の両家では、苦しい生活に追われながら敵討ちを誓い、再び家名を立てんと遺児らには文武を励ませた。十年後、唯右衛門が山口藩に捕らえられ、熊本藩に送られることが分った。田鶴や寿の、平八の遺児らは護送の役人に頼んで、この宇津呂木谷に連れ込んでもらい本懐を遂げた。時に明治4年4月16日(1871)、二年後の明治6年2月7日に太政官布告で敵討ち禁止令が交付されたので、これが日本最後の敵討ちとなった。』 虎取橋近くのヒガンバナ 国指定史跡 石貫穴観音横穴群 大正10年3月3日指定 『菊池川支流の石貫川に沿う凝灰岩の丘陵に掘られた横穴墓で、3基の大きな横穴と、右やや下方に1基、上部の藪の中に小穴1基の計5基からなる。3基の大きな横穴は入り口に三重の飾縁があり、外側の二重はアーチ形で、赤色の円文がかすかに見える。中央の横穴は、奥壁に千手観音を彫るので「穴観音」と呼ばれる。この横穴は前室と奥室からなり、前室はほぼ正方形で、高さ約2.5m、幅2.9m、通路の左右に屍床があり、上に廂が造り出されている。奥室は両側に二重の框がつくられ、入り口に本瓦葺の廂があり、奥室に千手観音像が彫られている。この瓦葺の廂と千手観音の浮彫は、日本の装飾古墳のなかでも類例の無いものであり、後の追彫であると疑われたこともあったが、その手法・形体からみて当初のものである。千手観音信仰は奈良時代に伝来してきたので、8世紀前半の横穴と考えられる。』 中央横穴と立像千手観音 石貫ナギノ横穴群 『この横穴群は菊池川支流の繁根木川の右岸に位置しており、阿蘇凝灰岩の東側崖面に、250mにわたって分布している。大正6年(1917)の梅原末治氏の調査で42基、その後の県教育委員会の調査で48基が確認されているが、未確認のものが埋もれている可能性もある。墓室の天井は切妻・寄棟・アーチの三種があり、羨門(入口)には二重、三重の飾縁に円文、同心円文、三角文を赤や線刻で描いている。特に墓室内には船や弓、矢、大刀などが描かれ興味深い。このように文様のあるものを装飾横穴と呼び15基が確認されている。墓室の平面形は中央に通路を設け、その正面と左右に3区の屍床をもつものが多い。また鉄製の鉾、鏃、玉類などが見つかっている。北西方向約400mに石貫穴観音横穴(国指定史跡)がある。』 場 所 |
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彼岸花の写真の内、最初の2枚は、私が家内と10年位前に植えたものです。球根は我家の裏から掘り取りました。お陰で我家の彼岸花は少しになりましたが、散歩や通学する子供達の為になればと思います。今の悩みはゴミのポイ捨てが減らないこと、桜のテングス病と毛虫が集る事です。徳永 |
徳永龍 2009/07/18 12:46 |
徳永さん こんにちは。 花のある風景は良いですよね!きっと子供達も秋の風景として思い出してくれる時が来るのではないでしょうか。咲いてる花を綺麗だなと見させて頂きますが、育てられている方は、手入れが大変だろうなといつも思います。 ゴミの問題も、各自治体でもポイ捨て禁止条例等も制定されていますが、タバコの吸殻にペットボトル、缶は多いですね。大人が自然を守る姿を子供達にも見せて行きたいものです。 |
熊AVI 2009/07/18 15:05 |
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