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help リーダーに追加 RSS 礼文・利尻島 花紀行1(千歳〜稚内)

<<   作成日時 : 2008/06/28 07:00   >>

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2008年 6月23日   礼文・利尻島 花紀行1(千歳〜稚内)
 北海道礼文島に咲くレブンアツモリソウを見たくて、6月初旬のツアーに申し込みをしましたが、ツアー不成立。しかし、行きたい衝動に駆られ6月23日〜26日の3泊4日で、礼文島・利尻島、宗谷岬、富良野のラベンダー等を訪ねるツアーにて楽しい旅を過ごせました。
 旅の概要を花を中心に、数回に分けて掲載させて頂きます。

福岡空港から新千歳空港まで飛び、迎えに来ていたバスにて、千歳→札幌→砂川サービスエリアへと高速道路を一路、稚内へと北上いたします。
高速道路沿いにアカシアの花
 アカシアの花が所々に咲いているのが見え、北海道で始めてみる花です。白い花を藤のように房で咲いています。
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砂川サービスエリアでの花
 北海道では、ルピナスが丁度見頃の時期で、サービスエリアに入る所で道路対面にルピナスが咲いているのが見えて、まず感激。これから行く先々でルピナスが咲いていました。
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アカシアの花                                 ノコギリソウ この花もあちらこちらで見ることができました。
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北限に近い水田地帯
 深川西インターチャンジからは普通道路で留萌市方面に向かい、日本海に出ました。海が太陽に照らされて輝いていました。少し行くと利尻富士が小さく見えるようになります。
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鰊番屋
画像重要文化財 旧花田家番屋
『重要文化財に指定された本遺構は、旧天登雁村(現在地)の鰊漁家花田伝作氏によって建築されたものである。花田家は屋号を(丸に二)といい最盛期には18ケ統の鰊定置網を経営する道内屈指の鰊漁家であった。この番屋はその本拠として、5ケ統の漁夫の他船大工、鍛冶職、屋根職、曲師等総勢200人前後の人を収容していたもので、その空間を生み出している木材は、全て地元「大椴」の山より切り出し、三半船で海上を運び、木挽きの手によって製材されたものである。当番屋は道内に現存するものでは最大の規模を有し、木割りは大きく豪壮であり、空間は雄大である。玄関から奥に土間を通し、その北側に親方居住部分を、南側に漁夫の生活部分をもうけ、漁夫の寝台(ねだい)を中二階に備えて三段とし、その機能と合理性を求め、俗に番屋と呼ぶ鰊漁家特有の平面構造である。小平町では、重要文化財の指定と共にこれを買収し、3年の年月と約1億9千万円の費用を投じて解体修理したもので、既に稀有となった古民家建築物鰊番屋の代表的遺構である。』
  建築年月日: 明治37年(推定)    所在地: 留萌郡小平町字鬼鹿広富35番地
  構造形式:  木造平屋一部二階建寄棟造、こけら葺、外部下見板張、基礎自然石、土台敷
  規模面積:  一階801、二階105u   指定年月日: 昭和46年12月28日(文部省告示第220号)

画像松浦武四郎翁の像
『北海道の名付け親 松浦武四郎は、文政元年(1818)伊勢国須川村(現三重県三雲町)に代々郷士であった松浦家の四子として生まれる。翁は27歳の春、蝦夷地探検を発起以来6度に渡り蝦夷地を案内のアイヌの人々と踏査し、詳細で実情をあますところなく書き記された地図・絵図・記録は高く評価され、探険家・研究者として、その功績は偉大である。翁の身長は4尺8寸(1m45p)、足の大きさは24pと小柄ながら、その旺盛な精力と知識欲により未開の荒野を踏査・探検し、当地へも4度に渡って訪れ、鰊漁場の賑わいをきわめた往時の鬼鹿の歴史を詩に残している。松浦武四郎は、社会科学史上・文化史上に輝く燦然たる偉人であるとともに北海道の史実を証するものとして、今もなお道民の心の中に生き続けている。』 

画像三船遭難慰霊之碑
『昭和20年8月15日太平洋戦争終わる。終戦後七日 昭和20年8月22日早暁の海は波穏やかにして微風甲板を渡る。この日泰東丸、第二新興丸、小笠原丸の三船は戦乱の樺太(サハリン)より緊急引揚の老幼婦女子乗組員五千八十二名を乗せ鬼鹿沖にかかりしが突如旧ソ連軍の潜水艦による雷砲撃に遭い瞬時にして沈没或いは大破し、千七百八名の尊き生命を奪わる。.留別の地樺太を脱し数刻夢に描きし故山を目睫にしてこの惨禍に遭う悲惨の極みなり。星霜ここに三十年我等同胞慟哭の海に向かい霊鎮まらんことを祈りつつこの碑を建つ』 




ハマナスの花 今回初めて間近に見たハマナスの花です。
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裏山にルピナス、ナデシコ等の花が咲いていました。
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天売島と焼尻島 島が低いため、海面上にかすかな島影が望めました。
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道の駅 てしお ここで休憩、夕日が気になります。
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利尻富士に沈む夕日
「道の駅 てしお」を出た所で、それまで利尻島の左にあった夕日が、バスが北上したこともあり、丁度利尻富士に沈む見事な夕日を見ることができました。
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尚も北上すると、礼文島が利尻島の右側に見えてきました。サロベツ原生花園にもエゾカンゾウ等の花が咲いているのが薄暗がりの中で見えましたが、残念なことに通り越しです。
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結局、宿泊地の稚内に着いたのは、20時を過ぎており、長いバスの旅でした。さあ、明日も早いよ!



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「知床の岬にハマナスの咲く頃〜」の歌に出てくるハマナス、薔薇科ということは知っていましたが、こんな花なのですね。海辺に咲いたハマナス、さぞ美しかったことと思います。うらやましい・・・
あじさい
2008/06/28 10:41
あじさいさん こんにちは。
 レブンアツモリソウを見たいと思ったら、花が恋しくなって行ってきました。熊本とは違って、良い天気で思っていたより暑かったです。でも、利尻・礼文島はさすが寒かったです。
 ハマナス、熊本では自生は見られないと思いますが、熊本市動植物園のバラ園の近くに咲いていました。良い香りがします!
熊AVI
2008/06/29 18:25

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