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zoom RSS 多良木町 百太郎公園のツツジ

<<   作成日時 : 2008/05/02 05:58   >>

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2008年 4月28日   多良木町 百太郎公園のツツジ
現地説明に『百太郎溝旧水路の取入口の樋門に使用されていた主な石材を使用して、現在の場所に復元されました。旧水路は、現在の取入口より約200mの下流に構築され、現在では球磨川左岸の雑木林の中に旧水路の跡が認められます。・・・・』とあり、樋門は鎌倉時代に作られたと推定されるそうです。公園内に数は少ないですが、ツツジが咲いていました。


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復元されている樋門
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現在の堰と球磨川の眺め
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カキツバタも咲いていました。
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公園横の民家の庭には、オオテマリ、ナニワイバラの花が咲いていました。
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現地説明
『百太郎溝取入口の樋門に使用されていた石材で、昭和35年4月、南部利水計画改修工事のため取り除かれたので、樋門に利用されていた主な石材を神社境内に移して復元したものである。凝灰岩で作られ、高さ5.8mの石柱に全長9.5mに及ぶ後方の渡し石等を主材としている。樋門の構築年代は明らかでないが、鎌倉時代と推定、水利事業にかかわる文化遺産として貴重なものである。百太郎で球磨川の水を取り入れ、多良木町、免田町、岡原村、上村を経て錦町一武まで本流だけで18km、灌漑面積は1400haに及んでいる。この工事は恐らく鎌倉時代に始まり、何度も受け継がれたものと思われる。
 第一期工事は現在の取り入れ口から多良木町の鴨までで年代は推定できない。
 第二期は免田町の築地まで延長した工事で、延宝8年(1680年)のことである。
   ついで上村の農民によって元禄9年(1696年)から翌年にかけて免田川まで延長された。
 第四期は宝永元年(1704年)に一武の原田川まで掘り進んだ。
 第五期は寛保3年(1743年)西村まで延長され新田が開発された。
 このように百太郎溝は多数の農民によって長い年月をかけて完成された用水路である。』

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