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zoom RSS 宇土市 中世宇土城跡麓のヒマワリ

<<   作成日時 : 2007/11/10 06:39   >>

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2007年11月 8日   宇土市 中世宇土城跡麓のヒマワリ
 中世宇土城跡の西側に2万本のヒマワリが植えられていました。花は満開を過ぎてはいましたが、まだ見れる状態でした。花の重さで花が下を向いており、写真では実際の様子は表現できていないのが残念です。


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この後ろが中世宇土城址です。
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中世宇土城跡
現地説明
 「宇土城跡は、通称「西岡台」と呼ばれる標高約39mの小高い丘陵上にあります。西岡台の東約500mには、戦国大名の小西行長公が16世紀に築城した宇土城跡(城山)があるため、西岡台の宇土城跡を「中世宇土城跡」や「宇土城跡(西岡台)」と呼んで区別しています。
 言い伝えでは、永承3年(1048)に宇土城が造られて以後、菊池氏の一族が代々城主であったとされています。室町時代には、宇土氏と名和氏が宇土城主となりました。
 宇土氏は、守護大名だった菊池氏の一族と伝えられています。古くから宇土に勢力をおいていましたが、文亀3年(1503)に菊池氏との戦いに敗れて滅びました。
 一方、名和氏は、室町時代の初め頃から八代にいましたが、文亀4年(1504)、相良氏が名和氏を攻めたため、八代から宇土へ移りました。それから80年余り名和氏は宇土城主として活動しました。城を使わなくなった時期は、行長公が近世宇土城の築城を開始した16世紀末頃と考えられます。」
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宇土市 中世宇土城跡麓のヒマワリ 熊本の花所/BIGLOBEウェブリブログ
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